2024/12/18
ある晩、亮は一人で昔のアルバムをめくっていた。幼い頃の夏休み、祖父母の家で扇風機の前に陣取り、かき氷を食べた記憶が蘇る。祖父母はもういないが、木造の古い家、障子越しに差す夕暮れの光、そして藁ぶき屋根の下で回る小さな扇風機。あの頃はテレビも今ほど刺激的ではなく、エアコンなんて贅沢品で、暑さを凌ぐのはもっぱら自然の風と扇風機の微風だった。
亮は思い立って、押し入れから祖父母が使っていた小さな卓上扇風機を取り出した。錆が浮き、モーター音は少し不安定だが、スイッチを入れると懐かしい風が吹いた。その風は、単なる空気の流れではない。記憶を揺り動かし、祖母が作ってくれた冷やし中華の味や、祖父と縁側で話した昔話をありありと思い出させる。扇風機は、時間を超えて感情を呼び覚ます道具なのだ。思い出と風は密接につながり、人はその微かなそよぎを受けるたびに、心の中に眠っていた幸福な記憶を呼び戻せる。
涙がにじむ。幸せは常に「今ここ」にあるものではない。過去に蓄積された暖かな光景も、幸福の大切な部分を成している。それを取り戻す手立てとして、扇風機は静かに働いてくれる。記憶を揺らし、風が運ぶ微かな音で過ぎ去った時代に触れることは、今この瞬間を生きる力にもなる。古い扇風機を通じて得た懐かしさは、亮にとって「これから」の人生を支える優しい力に変わっていくようだった。