2024/12/18
たとえば、扇風機の「扇」が福岡の「福」になって福風機となり、幸福の風を福岡じゅうに届ける家電があればいいですね。
「おばあちゃん、これ何?」
私は祖母の家の物置で見つけた古めかしい扇風機を手に取った。普通の扇風機とは少し違う。羽の部分が透き通るような淡い青で、ベース部分には「福」の文字が金色で描かれている。
「あら、それは福風機よ」
祖母は懐かしそうに微笑んだ。
「福風機?」
「そう。昭和の終わりごろね、福岡の小さな町工場で作られていたの。扇風機の『扇』を『福』に変えて、幸せの風を運ぶっていう謳い文句だったわ」
私は興味深そうに福風機を眺めた。スイッチを入れても動くのだろうか。コンセントを探して差し込んでみる。
カチッ。
予想に反して、すぐに動き出した。羽が回り始めると、薄青い羽から淡い光が漏れ出す。そして不思議なことに、その風は確かに、どこか懐かしい香りを運んでいた。
「これね、ただの扇風機じゃないのよ」
祖母が続けた。
「作ったのは、中洲の電気屋さんだった私の父、あなたのひいおじいちゃん。戦後の復興期を経て、人々が少しずつ豊かになっていく中で、『道具には魂が宿る』って信じていた人だったの」
私は黙って聞き続けた。風は部屋の中を優しく巡っていく。
「父は考えたのよ。ただ涼しい風を送るだけじゃない、人々の心まで癒すような家電を作りたいって。そうして生まれたのが福風機。特殊な素材で作られた羽は、風と一緒に小さな光の粒を放つの。その光が人々の心を明るくする、そう信じられていたわ」
祖母の話を聞きながら、私は風に当たっていた。不思議と、心が落ち着いていく。まるで優しい手が頭を撫でているような感覚。
「でも、大手メーカーの扇風機には価格で太刀打ちできなくてね。結局、数百台作っただけで製造中止になったの。今じゃ、骨董品として探している人もいるらしいわ」
私は福風機のモーター音に耳を傾けた。現代の扇風機とは違う、どこかノスタルジックな音色。その音を聞いていると、古き良き時代の空気が伝わってくるような気がした。
「おばあちゃん、これ、まだ動くんだね」
「ええ、父の作ったものだもの。壊れるはずがないわ」
祖母の誇らしげな表情が印象的だった。
その日から、福風機は私の部屋で動き続けている。夜、仕事で疲れて帰ってきた時、この風に当たると、不思議と心が癒される。光の粒は、まるで天の川のように私の周りを漂い、優しく包み込んでくれる。
つい先日、友人が遊びに来た時のこと。
「これ、珍しい扇風機だね。どこで買ったの?」
「ひいおじいちゃんが作ったんだよ。福岡の町工場で」
「へえ、でもなんか いい風だね。なんていうか…幸せな気分になる」
私は微笑んだ。
この福風機は、単なる古い家電じゃない。匠の技と、人々を幸せにしたいという想いが詰まった、小さな奇跡。今も静かに、幸福の風を送り続けている。
私は時々考える。現代の便利な家電には、こういった温もりがあるだろうか。技術は進歩しても、道具に込められた想いの深さは、むしろ昔の方があったのかもしれない。
窓の外では、博多の街に夕暮れが降りてきている。福風機の放つ光の粒が、部屋の中でいっそう輝きを増した。まるで、夜空に瞬く星のように。