2024/12/18
翌日、亮はまた扇風機の前に陣取っていた。だが、ただ風に当たるだけでは面白くない。もし扇風機が幸福を運ぶ道具なら、その可能性をもっと広げてみたい。そう思い、彼は部屋の中を見渡した。部屋の隅にはアロマオイルがあった。仕事で疲れた夜には微香を焚いていたが、エアコンの風ではなんとなく人工的すぎる。ならば、扇風機の風にアロマの香りを乗せたらどうだろう?
アロマを数滴、薄手の布に垂らし、それを扇風機の前で揺らす。すると、優しい風に乗ってほのかなラベンダーの香りが部屋中に広がる。これには亮も驚いた。単に涼をとるだけでなく、この扇風機は香りを運ぶメッセンジャーとしても使えるのだ。香りの風は、彼の脳裏に夏の夜空と夜露に光る草原のイメージを運び、心を遠くへと導く。そうして、ほんのりとした幸福感が胸に湧き上がる。
さらに、亮は音楽を低く流しながら扇風機を回してみた。スピーカーから流れるギターのアルペジオが、緩やかに首を振る扇風機の風とシンクロするように感じられ、無機質な部屋が一瞬、野外フェスのような空気になる。自然の中で聴く音楽の心地よさ、記憶の中の夜風――扇風機の風はそうした思い出の引き出しを開けてくれるようだ。
他にも思いつくまま実験した。扇風機の前にカーテンを揺らせば、風が視覚的な快さを生み出す。小さな風車を置けば、くるくると回るカラフルな羽根が、子供の頃に見たお祭りの風景を呼び起こす。まるで扇風機は、五感を刺激する幸せの舞台装置だった。工夫次第で、心を癒す庭園にも、思い出を紡ぐタイムマシンにもなりうる。やがて亮は、この一見平凡な家電が秘めた可能性に気づく。扇風機が人を幸せにするのは、ただ風を与えるだけではない。その風に「想い」を乗せれば、もっと深い幸福へと誘うことができる。