涼しい僕たちは扇風機を使う

扇風機が生み出す風とカルチャーを探求しています。

第3章 「みんなで囲む扇風機」

time 2024/12/17

 数日後、亮は実家の居間で、両親や妹、そして近所に住む甥っ子たちと一緒に過ごすことになった。理由は単純だった。猛暑が続き、クーラーを効かせた部屋に集まるのが当たり前になっていたが、なんとなく家族の会話が減っている気がしたのだ。外の暑さから逃れ、冷たい空気に閉じこもっていると、皆バラバラの方向を見ていた。スマートフォンやテレビ画面、各々が自分の時間に没頭し、家族のいる空間でありながら、孤独感が漂うのを感じた。

 そこで亮は、あえて古い扇風機を居間の真ん中に据え、クーラーを止めて窓を少し開けた。最初、家族は「暑いね」と文句を言いかけたが、回り始めた扇風機の風に導かれるように、自然と輪になって座り始めた。子供たちは首振りする扇風機を面白がり、その風下に手をかざしたり、「もっと強くして!」と笑いあった。

 不思議なことに、ほどよく汗ばむ空気の中で、皆が同じ風に当たると、言葉が増えた。母は昔、この扇風機で暑い夏を乗り切った話をし、父は風が吹き抜ける縁側で読んだ新聞記事の笑い話を披露する。妹はつい最近見た映画の感想を口にし、甥っ子たちは保育園で作った工作を風で揺らしてみせる。そうして、扇風機は家族の中心で風を分け与え、人と人を繋いだ。

 扇風機の役割は単純だが、その風は共通の体験を生む。冷えすぎない自然な涼しさが、皆を同じ温度で繋げてくれる。かつて夏の夜、縁側でスイカを食べながら風に当たった頃と同じように、家族という存在が、そこに戻ってきたのだ。そのとき亮は思った。人を幸せにする扇風機の使い方とは、単に個人を癒すだけでなく、人々をゆるやかに結びつけることなのかもしれない。皆が同じ風を感じ、同じ空間を享受することで、そこに新たな「幸せ」が生まれるのだ。

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