2024/12/18
はじめに
この物語は、ある日突然、私たちが当たり前のように使っていた「電気」が世界から消えてしまったら――という仮定のもとに描かれています。
スマートフォンを一晩充電し忘れた、程度の小さな不便ではなく、電力の大規模インフラそのものが完全に機能しなくなる。スイッチを入れても照明はつかず、エアコンも冷蔵庫も動かない。工場の生産ラインは止まり、電車や車も動かせず、都市は一瞬にして混乱の渦にのみ込まれます。そんな「便利さ」の一切が奪われた世界の様相は、現代を生きる私たちにとって想像を絶するものかもしれません。
しかし、どれほど強大な文明が築かれていようと、それを支える仕組みが崩れれば人々は急速に不安と絶望に苛まれ、生活を根底から見直さなければなりません。かつては“黒子”のように支えてくれていた電気というインフラの喪失は、私たちの暮らしを激変させるだけでなく、人間関係や社会の成り立ち、さらには環境との関わり方をも劇的に変化させるでしょう。
本作では、世界が大停電を経験し、技術文明が後退した未来を舞台として描きます。もはやコンセントから電力を得て扇風機を回すことさえできなくなったとき、人々はどのようにして「涼」を手に入れるのか。そこには、体力や労力が必要となるからこそ生まれる「協力」の形や、自然エネルギーを利用した新たな技術への模索があり、同時に「エネルギーの大切さ」を一人ひとりが身をもって学ぶ物語があります。
例えば、風力や太陽光などの自然エネルギーと人力を掛け合わせたハイブリッド扇風機。あるいは、蒸気機関を用いた巨大な扇風システム。かつては昔の技術と片付けられていた発想が、改めて脚光を浴びることになるのです。この一連の挑戦は、社会全体が回していた巨大な“歯車”が止まってしまったとき、人間がいかに工夫と知恵、そして助け合いの精神によって乗り越えていくかを示す重要なヒントとなるでしょう。
いつの間にか、「涼しさ」を得ることがこれほどまでに大切で、かつ手間のかかる行為であると忘れていた私たち。しかし、エアコンがきいた部屋や、ただスイッチ一つ押せば回る扇風機に当たりながら過ごす便利な日常も、もしある日失われてしまったら――。その不安と問いを抱えながら読むことで、電気に頼る時代では感じづらかった「人と人」「人と自然」の繋がりの尊さに、新たな気づきを得られるかもしれません。
この小説は、そんな「電気のない世界」を体感しながら、人間が再び自らの体と自然の力を活かし、共に生きようとする過程を描き出します。そこには、不便さゆえの苦労や孤独だけではなく、家族や仲間と力を合わせる喜び、そして一つの目標を共有することによって生まれる連帯感も凝縮されています。かつては見えなかったものが、夜の闇や夏の暑さと向き合う中で浮かび上がってくる――そんなドラマを、少し先の未来に起きるかもしれない物語としてお楽しみください。