2024/12/18
1,大停電と文明の転換点
世界中の人々の生活は、ある日突然一変した。それはいつもの日常と変わらないはずの朝だった。出勤しようとスイッチを入れても、照明は点かない。エアコンも冷蔵庫も動かない。スマートフォンは前夜に充電が終わっていたのでまだバッテリーが残っていたが、なにか異常が起きているらしいことは、近隣の人々の慌ただしい声からすぐにわかった。家の外に出ると、電気で動くすべてのものが止まっている。自動販売機のパネルも真っ暗で、信号機の灯りも消えてしまい、道路は大混乱だった。
この“大停電”が一時的なものであれば、まだ人々はそこまで悲観しなかったかもしれない。しかし、復旧のめどは立たず、一週間経っても二週間経っても電力は戻らなかった。専門家の一部からは、ソーラーフレアや未知の電磁パルスなどの説が出てはいたが、実際のところ原因ははっきりせず、情報の伝達手段が途絶えたために何が本当か誰もわからなくなっていた。
それから数ヵ月ほど経った頃、人類はようやく悟った。もう二度と、かつてのようにスイッチひとつで暮らしを支えてくれた電気は戻らないのだと。火力や原子力、あるいは太陽光発電の大規模なシステムはすべて停止し、復旧作業は地球規模の混乱によって進まないまま。かつては当然のように利用していた電気というインフラが、あまりにも巨大で複雑なシステムによって支えられていたことを人々は初めて思い知らされる。送電網は維持管理されず、変電所のトラブルや部品の交換ができないために次々と機能を失った。燃料を輸送するルートは、燃料を運ぶために必要だった電力がそもそも無いため途絶えてしまい、発電所も稼働できない。
世界はゆっくりと、しかし確実に文明が後退していく。その衝撃は、人々の心に暗い影を落とした。しかしその一方で、人間のたくましさもまた露わになっていく。電気に頼っていた道具たちは次々と使えなくなったが、人々は代わりに手回しの洗濯機や、薪を使った調理法、そして自転車の動力を応用した小型ポンプなどを自ら発明し、試行錯誤を繰り返した。
扇風機などの家電製品も例外ではなく、風を起こすことの大切さは暑い地域だけでなく、蒸し暑い日本の夏を経験してきた人々なら痛感していた。しかし、もうコンセントから電力を得ることはできない。どうにかして涼を得る術を探し求める人々の姿は、私たちが想像していたよりもずっと必死なものだった。
この世界的な大停電は、ただ生活を不便にしただけでなく、人々の心の奥底を変えた。便利さに慣れきっていた自分たちの日常がどれほど脆く、そして同時に、どれほど他者や自然の助けによって支えられていたか。誰もが自分なりに模索しはじめ、その結果として、今まで考えもしなかったような新しい技術や知恵が芽生え始める。
それが、電気のない世界に適応していくための「進化」だと気づくのは、もう少し先のことである。今を生きる人々は、夏が来る前にいかにして「涼」を確保するかに知恵を絞っていた。こうして、かつてはどの家庭にも当たり前のように置かれていた扇風機が、思わぬ形で大きく姿を変えていくことになる。