涼しい僕たちは扇風機を使う

扇風機が生み出す風とカルチャーを探求しています。

2, 風が吹けば羽根が回る

time 2025/01/29

大停電によって文明が後退した世界では、人々の新たな日常がゆっくりと構築されはじめていた。昼間はできるだけ自然光を活用して活動し、夜はロウソクやランプの明かりをともして生活する。街の商店や企業はその多くが機能を停止し、一部のコミュニティでは農作業や手工芸品の生産が生計を立てる手段となっていた。

このような生活の変化の中でも、人々は生活の質を少しでも上げるべく、ありとあらゆる工夫を凝らした。例えば、かつてはガスコンロやIHで当たり前のように料理をしていたが、今や多くの場合は薪ストーブやかまどが必須である。夏場の暑い日には建物の中が蒸し風呂のようになり、水風呂に入る以外に涼む手段が限られていた。東京や大阪などの大都市で暮らしていた人々は、今や電車も止まり、高層ビルのエレベーターも使えないため、都会にいるメリットが見いだしづらい。地方の農村へ移り住む人々が徐々に増え、都市部は“ゴーストタウン”と呼ばれるようになっていく。

こうした世界で人々が困ることのひとつが、猛暑から身を守る手段だった。電気がないために扇風機もエアコンも動かない。日本の湿度の高い夏や、熱帯地方では命に関わる問題である。そこで注目されたのが、「自然エネルギーを利用した手動デバイス」の可能性だった。自転車のペダルを回してポンプを動かし、井戸から水を汲み上げる技術は比較的広く浸透していたが、同じようにペダルを回して扇風機の羽根を回すことはできないだろうか。あるいは、風車や太陽光パネルを使って扇風機を動かせないだろうか。そうした発想が、徐々に人々の間で語られるようになる。

こうした背景のもと、小さな町のコミュニティが一念発起してプロジェクトを立ち上げる。リーダー役を務めるのは、もともと電気工学を研究していた青年、タクミだった。彼は電気というインフラが消失した世界で、「それでもなお動力を得る方法はあるはずだ」と各地を巡りながら考え抜いていた。砂漠地域の伝統的な風車からアイデアを拝借し、小型の風力発電と人力を掛け合わせたハイブリッド式扇風機の開発を計画したのだ。

タクミが最初に着目したのは、「風が吹けば羽根が回る」という自然エネルギーそのものだった。大規模な風力発電は無理でも、小型の風車を扇風機に取り付けることで、風があるときには自動的に羽根を回せるようになるはずだ。問題は、風がまったく吹かない日や、屋内で使用する場合にどうするか。そこで彼は、「人力で羽根を回す仕組みを併用する」ことを思いつく。具体的には、扇風機の後部にあるモーター部分を撤去し、代わりに歯車とハンドルを取り付ける。風が吹かないときは手でハンドルを回し、ある程度の風があれば風車が動力を補助してくれるわけだ。

タクミたちのコミュニティは、この構想を「手動+自然エネルギーのハイブリッド扇風機」と名付け、集落の中心にある作業小屋で試作をスタートさせた。この試みの価値は単に涼を得るだけでなく、失われた技術に代わる新しいインフラを人力と自然力の融合で開拓するという、人間の生存戦略そのものだと言えるだろう。試作機が完成して風を受けた瞬間、彼らは拍手喝采で喜びを分かち合った。まだ改良の余地は多いが、人々は明るい未来への一歩を踏み出したのだ。

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