涼しい僕たちは扇風機を使う

扇風機が生み出す風とカルチャーを探求しています。

3,風の力と人力の融合

time 2025/01/29

タクミたちが開発した「風力/太陽光発電×人力ハイブリッド扇風機」は、コミュニティ内外で大きな話題を呼んだ。まだ試作段階とはいえ、風車付きの扇風機を設置すると、そこそこの風が吹いている日中ならば自動的に羽根が回転する。曇りの日や風が弱い日には、背面に取り付けられたハンドルを手でぐるぐる回すことで補助的に風を生み出すことができる仕組みだ。あるいは自転車のペダルを利用して足で回転力を得るモデルもあり、思ったよりも疲れは少ないと好評だった。

ただし、この「ハイブリッド扇風機」を本格的に普及させるには、いくつかの課題があった。まず、資材の調達が難しい。風車の羽根は軽くて丈夫な素材である必要があるし、歯車のような精密部品を大量に作り出すには、それなりの工作技術が必要になる。しかし、もともと町工場を営んでいた技術者や、大停電以前にDIYが趣味だった人々などが力を合わせれば、決して不可能ではない。また、多少の不恰好さや不便さはこの世界では許容される。なにより、電気がなくても涼を得られるというメリットは計り知れないのだ。

実際にこの扇風機を使った人々の反応はさまざまだ。ある農家の男性は、夏の強い日差しの下で作業した後に、手動扇風機の前で汗を乾かすのが日課になったと嬉しそうに語る。最初は「腕が疲れる」という声もあったが、コミュニティの皆でハンドルを交代で回せば大した負担にはならない。むしろ、その労力を共有し合うことで、不思議と仲間同士の会話が増えたのだという。「交代で回してるうちに、近所のおばちゃんとおしゃべりする時間が増えたよ。これが意外と楽しいんだ」と笑う男性の表情は、生き生きとしていた。

一方で、ある若い女性は別の面白い使い方をしている。彼女は自転車で買い出しに行くたびに、帰宅後は「ペダル式扇風機」の方に乗り換えるのだ。ペダルを踏んで風を起こしながら読書をするというスタイルで、運動不足の解消にもなるし、汗をかきすぎずに快適に過ごせるのが気に入っているという。「こんな世界になる前は、わざわざジムに通ってエアコンの効いた部屋でエクササイズしてたけど、今は生活自体がエクササイズみたいなものね」と、時代の変化をしみじみと感じているようだった。

さらに、ハイブリッド扇風機のメリットは単なる“涼しさ”だけで終わらない。タクミが試作機を改良していく中で、小型の発電機を取り付ければ、少しでも電気を生み出せるのではないかと考え始めたのだ。大規模な電力復活は望めないが、ちょっとしたLEDライトや充電池程度ならまかなえるかもしれない。こうしたアイデアは、この世界では大いに意味がある。夜間のわずかな明かり、あるいは小型通信機器を最低限動かすだけでも、人々の生活は格段に安心感を増す。

ただし、タクミは焦らずに段階を踏んで開発を進めていた。彼にとって重要なのは、まずは誰でも簡単に組み立てられ、修理しやすい基本モデルを普及させることだった。複雑な機械はメンテナンスや部品交換が難しく、せっかく導入してもすぐに使えなくなってしまう恐れがある。かつての世界のような大量生産と使い捨ての仕組みはもう機能しない。だからこそ、この世界では「壊れても直せる」ということが優先される。大停電を経て、人間の「技術」と「持続可能性」のバランスが改めて問われていたのだ。

こうしてタクミのハイブリッド扇風機は、コミュニティ内での試作と実用テストを通じて少しずつ改良され、隣町から噂を聞きつけた人々が見学に来るなど、着実に広まりを見せていた。それはまるで、止まっていた人類の文明が、再び小さな歯車から動き出したかのような光景だった。

お知らせ