2024/12/18
電力が失われたこの世界では、扇風機を動かす手段として「蒸気機関」を活用しようという動きも現れ始めていた。元を辿れば、産業革命時代に蒸気機関はその威力を実証している。現代においては骨董品のように扱われる蒸気機関だが、大停電後の世界では、この原始的とも言える技術が再評価されているのだ。
タクミの暮らすコミュニティから少し離れた山間の盆地には、比較的大きな“蒸気機関式の巨大扇風システム”を備えた集落があると噂されていた。その集落では近くに豊富な水源があり、燃料として使える薪や炭も手に入りやすい。彼らは昔ながらの鍛冶屋や大工の技術を受け継いでおり、その人材と資源をフルに活用して、コミュニティ単位で巨大なファンを回す仕組みを作り上げたというのだ。
タクミは興味をそそられ、仲間数人と連れ立ってこの集落を訪ねることにした。到着すると、そこには想像をはるかに上回る規模のファンがそびえ立っていた。巨大な羽根が取り付けられた金属製の柱が何本も並び、それを回すための配管が地面や天井を這うように伸びている。蒸気を送り込むボイラー室には、数人の技術者が燃料の薪をくべたり、水位や温度を調整したりして忙しそうに動き回っていた。
このシステムは、一見すると無駄が多いようにも見える。広大な土地を必要とし、メンテナンスにも手間暇がかかる。ボイラーや配管の故障、熱や圧力の管理を誤れば大事故につながるリスクだってある。しかし、集落のリーダーである壮年の男性は言う。「手間と労力はかかるが、この扇風システムがあるおかげで、集落の人々は夏でも熱中症になる人が減り、夜は少し涼しい風を送って安眠できるようになった。みんなで協力してメンテナンスしているから、集落の連帯感も強まったよ」と。
このシステムは、ボイラーで蒸気を発生させ、その圧力でタービンを回し、巨大扇風機のファンに繋がるベルトや歯車を動かす構造になっている。電力はほぼ使用しない。確かに、維持には相当な燃料と水の確保が必要になるが、山間部という地形がそれをある程度可能にしているのだ。かつては機械工場が廃業してしまった地区から部品を集めたり、故障したトラックのエンジンを改造したりと、まさに寄せ集めの技術で成り立っている。
タクミたちが興味深かったのは、この蒸気機関式ファンが持つ「コミュニティ性」だった。定期的なメンテナンスを誰が担当するのか、水源や燃料をどう確保するのか、すべてが住民同士の話し合いで決められており、互いの助け合いがシステムの稼働を支えている。「夏はどうしても暑いし、食べ物だって腐りやすい。だから僕たちは扇風システムの恩恵を受ける分、その維持に必要な手間を惜しまないんだ」と語る若者の言葉には、かつての「電気があればなんとかなる」という依存とはまるで異なる覚悟がうかがえた。
大規模な蒸気機関を回すのは容易ではない。しかし、それがもたらす涼しさと、人々が力を合わせる喜びは計り知れない価値を持つ。扇風機という存在一つ取っても、電気を失った世界は様々なアプローチで「風を起こす」試みに挑んでいた。タクミは自らのハイブリッド扇風機に誇りを感じつつも、この蒸気機関式ファンのような壮大な仕組みに圧倒され、学ぶべきものが数多くあることを知る。彼は集落の技術者たちと意見を交わし、部品づくりのノウハウや配管の知識を吸収していった。
結局、タクミたちは一週間近く滞在して、蒸気機関システムの仕組みを徹底的に研究した。集落の人々は温かく迎えてくれ、ボイラーの火の管理方法や蒸気タービンの調整手順などを時間をかけて教えてくれた。お礼としてタクミたちは、自分たちのハイブリッド扇風機の作り方を披露し、いくつかの試作品を置いていくことにした。お互いの技術を交換し合うことで、新しいアイデアが生まれることを誰もが期待していたのだ。